Masuk私はエリザベス・スパイシュカ、10歳になりましたの。
アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、同い年であるスパリオ王太子殿下と婚約し、順調に仲を深めておりますわ。
――でも、私には、実は密かな使命がありますの。
それは、王子様をメロメロにして、最終的に国を乗っ取ること!
「ねえ、貴方。そろそろエリーに、あの使命の話は嘘だって真剣に伝えた方が良いわよ?」
「それが、何回も話しているんだけど、頑固で受け入れて貰えないんだよねぇ」
お父様とお母様が、何かお話されながら溜息を吐いていらっしゃるわ。きっとご苦労が絶えないのね!
そんな苦労も、きっと私が国を乗っ取れば解消されるはずよ。
両親の為にも、私は頑張りますわー!
「お嬢様、お手紙が届いております。」
気合を入れる私の背中に、侍女から声がかかった。
明らかに品の良い封筒に包まれたその手紙の送り主は、スパリオ王子様だった。
(ま、まさか、私のハニートラップがばれたのかしら……!?)
私はごくりと息を飲んで、その手紙の内容を確認する。
そして数十秒後、絶叫することになった。
「でっ、ででででっ、デートのお誘いですわー!!」
◇ ◇ ◇
デート当日、私は鏡の前で入念な身だしなみのチェックを終えると、談笑している両親の前に姿を現した。
「お父様、お母様、どうかしら?」
今日はお忍びデートだから、街でも目立たない桃色のワンピースを選びましたの。でも、花の刺繍があしらわれていて、とても素敵なのよ。
栗色の髪は、濃い紅色のリボンで編み込み入りのポニーテールに仕上げて貰いましたわ。もう10歳ですもの、少し大人っぽい色だって似合うんですのよー!
「エリー、可愛いよ! 世界で一番可愛い!」
「ふふ、素敵よ。とても可愛いわぁ」
「むふふー!」
大絶賛する二人に、私も大満足ですわ。
これならきっと王子様も私を一目見ただけで、メロメロになるはず!
『エリザベス、君は何て美しいんだ。メロメロになったよ! この国は君に全てあげよう!』
「――なんてことになったら、どうしましょう! うふふ、いやですわ、王子さまってば!」
心の中でスパリオ王子様の反応を想像して、私はにやにやが止まりませんわ。
「本当にうちの子は、世界一可愛いなぁ。ねえ、ママ?」
「可愛いけど大丈夫かしら、この子……」
妄想を膨らましていると、侍女が王子様の到着を知らせてくれましたの。
「では、行って参りますわ、お父様、お母様。デートの成果を楽しみにしていてくださいまし!」
私は何やら話し込んでいるお父様とお母様に、優雅にお辞儀をしてから扉に向かいましたわ。
「ああ、行ってらっしゃい。楽しんでおいでね」
「気を付けて行ってくるのよ」
二人も私の使命を応援してくれていますわ。燃えてきましたわよ!
扉を開けると、先手必勝とばかりに私は可愛らしい顔を作って王子様に微笑みかけましたわ。
さあ、私のメロメロ攻撃を受けるのよ!
「スパリオ王子様、本日はお誘いくださり――ひみゃにん!?」
けれど私の言葉は最後まで続きませんでしたの。
言い終わるより前に、目の前に大きな赤い薔薇の花束が差し出されたからですわ!
「ひゃっ、ひゃわ……、こ、これは?」
動揺で反射的に受け取ってしまった花束を抱えながら、私は花束を渡してくれた王子様を見つめましたの。そうしたら、いつも余裕たっぷりのスパリオ王子様が、少し照れたようにはにかんでいましたわ。
「突然、すみません。エリザベス嬢に似合うと思いまして、薔薇を。華やかな貴女に似合うようにと思っていたら、大きな花束になってしまいました」
「ほわぁ……」
私は何だかぽーっとしてしまって、その場で固まってしまいましたの。
胸が温かくて、ふわふわして、不思議な感じ。
まるで夢の中にいるみたい。
そうして扉の前でずっと立ち尽くしていると、お父様とお母様が様子を見るためにやってきたみたいですわ。
「おや、これは立派な花束を、ありがとうございます。王太子殿下!」
「まあまあ、素敵な薔薇ねぇ」
両親の声に、私はようやくはっと我に返ったんですの。
「やりますわね、王子様! あっ!」
そして、気づいてしまったんですわ。
「私、何もスパリオ王子様にプレゼントを用意していませんでしたわ……」
私はしょんぼりと俯きましたの。自分のおでかけ衣装を考えるのに一生懸命で、プレゼントを贈るなんて考えつきもしませんでしたわ。
私も王子様を喜ばせたかったのに。これではハニートラップ失格ですわ。
そんな私の片手を、スパリオ王子様がそっとすくいあげましたの。
私は驚いて、思わず顔をあげてしまいましたわ。
甘い微笑みを浮かべる王子様と目が合って、私の心臓は高鳴りましたの。
「エリザベス嬢、それでは一つ、私に贈り物をくれませんか?」
「えっ、え、贈り物……ですの? でも、私、何も」
「僕のことを、王子様ではなく、スパリオと呼んでくださいませんか?」
「へっ?」
あまりに予想外な王子様の提案に、私はぽかんとしてしまいましたわ。
それなら確かにすぐ出来るけれど、贈り物になるのかしら?
でも、彼が望むのならば、断る理由はありませんの。
「分かりましたわ! す、スパリオ……」
呼んでみると、思いの外、何だか恥ずかしいんですの。分かりましたわ、これは新手の攻撃ですわね!
ならば、こちらからも反撃ですわー!
「で、では、スパリオ……も、私をエリーとお呼びくださいませ!」
「――良いのですか? エリー」
「ひぅ」
王子様――スパリオが私をそう呼びながら嬉しそうに微笑むものだから、今度は私の心臓は止まりそうになってしまいましたの。
私はいたたまれなくなって、花束を抱えたまま、彼に背を向けましたわ。
「す、少し、お待ちになって! 花束を家に預けてきますから……、スパリオ!」
そうして一旦、自分の屋敷に舞い戻って、お父様とお母様の花束をそうっと渡しましたの。
「あの、絶対、大事に活けておいてくださいまし! 私の部屋に飾って良いでしょう? 一番綺麗な花瓶を使ってくださいまし!」
両親が笑いながら頷くのを確認すると、私はほっと息を吐いた。
「むふふ」
薔薇の花束を見つめて満足げに目を細めてから、私は扉の外へと急いで戻りましたわ。
あまりスパリオを待たせてはいけませんもの。
「では、行きましょうか。お手をどうぞ、エリー」
「ひゃっ、ひゃい!」
優雅に手を差し出してくる彼に手を重ねて、私たちは歩き始めましたの。
後ろに護衛さん達がひっそりとついてきてくれる中、お忍びデートが始まったんですわ!
私はエリザベス・スパイシュカ、10歳になりましたの。 アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、同い年であるスパリオ王太子殿下と婚約し、順調に仲を深めておりますわ。 ――でも、私には、実は密かな使命がありますの。 それは、王子様をメロメロにして、最終的に国を乗っ取ること! 「ねえ、貴方。そろそろエリーに、あの使命の話は嘘だって真剣に伝えた方が良いわよ?」「それが、何回も話しているんだけど、頑固で受け入れて貰えないんだよねぇ」 お父様とお母様が、何かお話されながら溜息を吐いていらっしゃるわ。きっとご苦労が絶えないのね! そんな苦労も、きっと私が国を乗っ取れば解消されるはずよ。 両親の為にも、私は頑張りますわー!「お嬢様、お手紙が届いております。」 気合を入れる私の背中に、侍女から声がかかった。 明らかに品の良い封筒に包まれたその手紙の送り主は、スパリオ王子様だった。(ま、まさか、私のハニートラップがばれたのかしら……!?) 私はごくりと息を飲んで、その手紙の内容を確認する。 そして数十秒後、絶叫することになった。「でっ、ででででっ、デートのお誘いですわー!!」◇ ◇ ◇ デート当日、私は鏡の前で入念な身だしなみのチェックを終えると、談笑している両親の前に姿を現した。「お父様、お母様、どうかしら?」 今日はお忍びデートだから、街でも目立たない桃色のワンピースを選びましたの。でも、花の刺繍があしらわれていて、とても素敵なのよ。 栗色の髪は、濃い紅色のリボンで編み込み入りのポニーテールに仕上げて貰いましたわ。もう10歳ですもの、少し大人っぽい色だって似合うんですのよー!「エリー、可愛いよ! 世界で一番可愛い!」「ふふ、素敵よ。とても可愛いわぁ」「むふふー!」 大絶賛する二人に、私も大満足ですわ。 これならきっと王子様も私を一目見ただけで、メロメロになるはず!『エリザベス、君は何て美しいんだ。メロメロになったよ! この国は君に全てあげよう!』「――なんてことになったら、どうしましょう! うふふ、いやですわ、王子さまってば!」 心の中でスパリオ王子様の反応を想像して、私はにやにやが止まりませんわ。「本当にうちの子は、世界一可愛いなぁ。ねえ、ママ?」「可愛いけど大丈夫かしら、この子……」 妄想を膨らましていると、侍
王宮での迷子大事件の後、保護された私は応接間のソファーでお父様によしよしされていた。「うえええっ、ひっく、ひっく……」「怖かったねぇ、エリー。もう大丈夫だよ」 どれだけ慰められても、泣き止むことが出来なかった。 だって、王宮って広くてガランとしていて、すれ違うのも知らない人たちばかりで、とても怖かったのだ。「すみません、王様。うちの娘が」 「ははは、構わんよ。お転婆で良いじゃないか。王妃の子供の頃のようだよ」 「あら、嫌ですわ、陛下!」 お母様と王様と王妃様が談笑している内容も、ほとんど耳には入ってこない。 私は悲しすぎて、何が何だか分からなくなってきた。今日は何をしていたのだっけ。 ああ、そうだ、王子様との婚約の初顔合わせだったんだわ。 ――そして私の使命は、王子様をメロメロにして国を乗っ取ること! そのためにも早く泣き止まなくちゃと思うのに、涙は全然止まってくれない。「大丈夫ですか、エリザベス嬢?」 そんな私に、スパリオ王子様が優しく声を掛けてくれた。 跪くようにしながら身をかがめて、ソファーに座っている私に目線を合わせてくれる。 透き通るような彼の青い瞳が、柔らかく細まった。「お辛かったですね。どうでしょうか。お茶会には、お菓子も沢山用意しています。甘い物でも食べて、元気を出しませんか?」 そして、彼は輝くばかりの微笑を私に向けたのだ。「はっ、はむにゃん!?」 びっくりした。美しすぎて変な声が出た。 何なんですの、この王子様! なんでこんなに格好良いんですの!? ともあれ、驚きすぎて涙が引っ込んだ私は、目をごしごし擦りながら高笑いをするのだった。「お、おーっほっほっほ! どうしてもと仰るなら、お茶会をご一緒して差し上げても宜しくってよ!」「うん、嬉しい。ありがとう」 私の言葉に、王子様が本当に嬉しそうにそう答えるものだから、私の頬は一気にぶわっと熱くなる。「ふえぇ……」 真っ赤になる私を、「あらあら」と遠巻きに大人たちが見守っていたのだが、そんな様子にも当然気づいてはいないのだった。◇ ◇ ◇ お茶会の会場に辿り着いた私は、目を輝かせた。 白いレースのテーブルクロスの上に、焼き菓子やフルーツの飾られた大皿が幾つも並び、中心には三段のケーキスタンドまである。「ふわあっ! こ、ここは夢の国
「ふっふっふ、ついにこの日がやってきましたわね!」 私はエリザベス・スパイシュカ、8歳。 アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、今日、同い年であるこの国の王太子殿下と婚約を結ぶことになっている。「でも、それは表向きの話ですわ。私には、重大な使命がありますのよ!」 私はテディベアの"ランランちゃん"に、声を潜めながら伝える。 これは極秘任務だから、他の誰かに聞かれる訳にはいかないのだ。「私の大いなる使命は、王子様を騙してこの国を乗っ取ることですわー!」『ええーっ、す、凄いね、エリザベス!!』 私は裏声を駆使して、ランランちゃんにも台詞を喋らせる。「国を乗っ取れば、ケーキも食べ放題ですわー!」『最高だよ、エリザベス!』「ランランちゃんには、特別に分けてあげますわー!」『ありがとう、エリザベス!』 きゃっきゃとはしゃぐ私を遠目に眺めつつ、お父様とお母様が何かお話されている。その内容が、私に届くことは無い。「貴方、本当に大丈夫なの? この婚約はハニートラップ目的だなんて、エリーに嘘を吐いて」「いやぁ、婚約の顔合わせがあると言ってから、あまりにエリーが緊張して夜も眠れていないようだったから……気分を紛らわせようと冗談を言ったつもりだったんだけど、真に受けるとはなぁ。はっはっは」「笑い事じゃないわよ! どうするの、あの子に本当のことを言わないと」「このままで良いんじゃないかな? 楽しそうだし。可愛いし」「また、そんないい加減なこと言って!」 お母様が溜息を吐きながら頭を抱えている。 きっと、お疲れなのね。この国を乗っ取れば、お母様にも元気になって貰えるはずだわ。頑張らないと! 私が気合を入れたところで、迎えを知らせるノック音が響いた。◇ ◇ ◇「お初にお目にかかります、スパリオ王子様。エリザベス・スパイシュカですわ」 王宮の応接間で、私は優雅にカーテシ―をする。 私の作戦はシンプルだ。ずばり、王子様を可愛い私にメロメロにさせて、そのまま国を乗っ取ってしまおう大作戦である。 お父様は私のことをいつも「世界で一番可愛い!」と言ってくださるから、この作戦は完ぺきなはずだ。 しかも、今日の私は凄くおめかしをしている。 自慢の栗色の長い髪を、お気に入りの赤いレースのリボンでまとめて、ドレスだってリボンとお揃いの赤いフリル